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R18 の続き

お風呂上がりの男が二階に上がると、お化粧をしたきれいなお姉さんが待っていた

1885年(明治18)東京

1902年に出た『夜の女界』という本があります。夜の女たちの暮らしを、案内書のように説明するより具体的に描いたほうが面白いからと、場面ごとに物語のように書いた見聞記です。その中に「夜の銘酒屋」という章があり、見出しには「淺草公園の夜」「意外なる暗室」「露地裏の罪惡」と並びます。

舞台は浅草公園の銘酒屋。客の男と店の女が、値段の話をしています。男は、お札二枚きっかりにしようと言う。女は口では、姉さんに相談してみますからね、と言って立ち上がり、店先の長火鉢の前で女将に何やら耳打ちして戻ってきます。返事は、それでようござんす。女はもうすっかり身を任せたという風に、男の膝にもたれかかり、下から顔を見上げて、先に出してちょうだい、姉さんに渡しておかなくちゃいけないから、とせがみます。玉代は先払いです。

金を渡すと、女は男の手を取り、奥の襖を開けて連れ込みます。三畳の小座敷。三分心のランプがひとつ、芯を絞って薄暗くしてあります。明るくしましょうか、と女は聞き、いっそ暗いほうがいいわ、なんだか気まりが悪いから、と自分で答えます。

けれど、ここで朝まで、ではありません。女が言うには、このごろは本当に怖い。お客を家に泊めることはとてもできないので、お婆さんの家を借りることにしている。いっしょに歩くと巡査がすぐ目をつけるから、一足先に行っていてちょうだい。ほんのちょっとの間、チヨンの間なら、ここでもいいんだけれど。

やがて襖がそっと開き、女将が顔を出して、迎えが来たと告げます。男が下駄を履いて表へ出ると、往来に立っていた見知らぬ男が目で合図をして、すたすたと歩き出す。案内の男は一言も口をききません。公園を出て、パノラマ館の裏手の、鉄道馬車の通る暗い往来へ。真っ暗な路地の入口で立ち止まり、あたりに気を配ってから、初めて低い声で、旦那、こっちへ、とだけ言います。

着いたのは、建て付けの悪い水口の戸を開ける、貧乏所帯の家でした。煤けた破れ障子の奥に八畳間と長火鉢。四十いくつの色の黒い女房が座布団を勧め、亭主が渋茶を淹れます。銘酒屋から来る客のために、雑誌の『文藝倶樂部』まで用意してあります。

待つあいだ、男は女房に聞きます。銘酒屋の女はやっぱり前借りで住み込んでいるのかい。女房の答えは、お金で抱えているのではない、めいめい稼いだ分を分けるんです。芸者奉公より見栄にお金がかからないから、かえって実入りがいいそうですよ。

路地のどぶ板に足音がして、世間を忍ぶ低い声で、おばさん、今晩は。暗い道を駆けてきたらしく、女は息を弾ませています。とりとめのない話を十分ほどしたあと、女房が気をきかせて、おや、もう十時過ぎだよ、と言う。それを合図に、女は男を二階の暗闇へ引き込みます。

章はそこで、外の音に耳を移して終わります。夜はしんと静まり、通りを行く鉄道馬車の響きも絶え、近くの寺で叩く念仏の鉦が陰気に聞こえるばかりである。

出典 41件
  1. 桐友散士『夜の女界: 暗面奇観』(猶興舍、1902)奥付、OCR の p.103 原文原文と機械で照合済み
    明治三十五年九月五日發行
  2. 同上 序、OCR の p.2 原文原文と機械で照合済み
    殊更に、其一部と一面とを具體的に描きたる所以は、かの案內的に說明するよりも、趣味深きを信じたればなり
  3. 同上 目次、OCR の p.4 原文原文と機械で照合済み
    夜の銘酒屋○淺草公園の夜○お寄んなさいよ○白首の談判○意外なる暗室○露地裏の罪惡
  4. 同上「夜の銘酒屋」、OCR の p.48 原文原文と機械で照合済み
    二枚きつかり出す事にしやうよ
  5. 同上 原文原文と機械で照合済み
    姉さんに一遍相談して見ますからね
  6. 同上 原文原文と機械で照合済み
    店口の長火鉢の前に行き、女將と何やら、耳打をして歸つて來た
  7. 同上 原文原文と機械で照合済み
    其で能御座んすツて
  8. 同上 原文原文と機械で照合済み
    と最う悉皆身體を任して了つたと云ふ風に
  9. 同上 原文原文と機械で照合済み
    男の膝に凭れか〓つて、下から顏を見上げながら
  10. 同上 原文原文と機械で照合済み
    玉代は先拂ひと來たんだね
  11. 同上 原文原文と機械で照合済み
    向ふの襖を明けて、連込まれ
  12. 同上 原文原文と機械で照合済み
    三疊の小座敷だ。たつた一個、三分心のランブが薄暗き心を捻つてある
  13. 同上 原文原文と機械で照合済み
    明るくしませうか
  14. 同上、OCR の p.49 原文原文と機械で照合済み
    寧そ暗い方が好いわ
  15. 同上 原文原文と機械で照合済み
    何だか氣まりが惡いからねえ
  16. 同上 原文原文と機械で照合済み
    此頃は本統に怖いのよ
  17. 同上 原文原文と機械で照合済み
    到底も家なんかへお客樣を宿める事は出來
  18. 同上 原文原文と機械で照合済み
    お婆さん宅をね借りる事に爲たんですよ
  19. 同上 原文原文と機械で照合済み
    巡査が目を付けるからね
  20. 同上 原文原文と機械で照合済み
    鳥渡の間-チヨンのま
  21. 同上 原文原文と機械で照合済み
    此處でも可いんだけれど
  22. 同上 原文原文と機械で照合済み
    襖が窃と明いて
  23. 同上 原文原文と機械で照合済み
    往來に立つて居た男が、目で
  24. 同上 原文原文と機械で照合済み
    决して一言も口を利かないで
  25. 同上 原文原文と機械で照合済み
    パノラマの裏手の鐵道馬車の通つて居る、暗い往來へ出た
  26. 同上 原文原文と機械で照合済み
    眞暗な露地の入口まで來ると
  27. 同上 原文原文と機械で照合済み
    具合の惡い水口の戶を開ける、內の樣子は凡て貧乏世帶の世話塲
  28. 同上 原文原文と機械で照合済み
    鼠色に煤つた破障子を明けると、八疊の間、長火鉢
  29. 同上、OCR の p.50 原文原文と機械で照合済み
    四十幾歲と云ふ色の黑い婆が
  30. 同上 原文原文と機械で照合済み
    亭主は澁茶を汲んで勸めた
  31. 同上 原文原文と機械で照合済み
    からのお客の爲めに備へ付けてある文藝倶樂部
  32. 同上 原文原文と機械で照合済み
    前借でもして
  33. 同上 原文原文と機械で照合済み
    お金で抱えてるんちや無いんです
  34. 同上 原文原文と機械で照合済み
    銘々稼いだ丈けを分にして分けるんですね
  35. 同上 原文原文と機械で照合済み
    見得が掛らないから、却て身入が好い
  36. 同上 原文原文と機械で照合済み
    露地の溝板に足音が聞えて
  37. 同上 原文原文と機械で照合済み
    忍ぶ低い聲
  38. 同上、OCR の p.51 原文原文と機械で照合済み
    呼吸を喘ませながら
  39. 同上 原文原文と機械で照合済み
    もう十時過
  40. 同上 原文原文と機械で照合済み
    男を二階の暗闇に
  41. 同上 原文原文と機械で照合済み
    寺で叩く念佛の鈴が、陰氣に聞えるばかりである

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