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やめたい人は、自分で警察署に来なさい。外に出るのは許可制だけど、警察署に行くのはOK

1900年(明治33)約3分で読めます

横長 16:9。アニメ調の挿絵(ラノベの挿絵くらいの描き込み)。絵の中に文字は入れない。この話は未成年も関わる被害の話なので、色っぽい要素は一切入れない。明治33年(1900年)、夕暮れの町。画面の奥に、格子窓の店が並ぶ遊郭の街並み。画面の手前から中ほどへ、地味な着物の大人の女(20代、化粧なし、髪は質素)が一人、うつむきながら、でも足は止めずに歩いている。向かう先は、画面の右にある警察署。警察署は明治の洋風の木造の建物で、門の前に制服の巡査が一人立っている。女のうしろ、遊郭のほうから、店の男が一人、腕を組んで彼女をじっと見ている。人通りは少なく、長い影がのびている。肌の露出はなし。描くのは大人だけ。重く静かな空気で、一人で歩いていく心細さと決心が伝わる絵。
AI で生成したイメージです。史料の場面をもとに描いた想像の絵で、当時の写真や絵ではありません。
全国(内務省令)
「前項ノ申請ハ自ラ警察官署ニ出頭シテ之ヲ為スニ非サレハ受理セサルモノトス」原文: 娼妓取締規則(明治33年内務省令第44号、官報1900年10月2日) 第5条

明治時代、国に許可されたお店で体を売る女の人は、娼妓と呼ばれました。1900年、国の内務省が、娼妓についての規則を出しました。

18歳未満は、娼妓になれません。娼妓になりたい人は、自分で警察署に行って、なる理由や働く場所、住む場所を書いた書類を出します。家族の承諾も必要で、20歳未満なら親の承諾もいりました。登録の前には、体の検査も受けます。登録されると、警察に見張られることになります。

娼妓になった人が住めるのは、決められた地域の中だけ。お客さんを取っていいのは、役所が許したお店の中だけ。外に出るのにも、警察の許可がいります。

では、やめたくなった人はどうするのか。その人は、名簿から消してください、と書類か口で申し出ればいいんです。その申し出は、だれもじゃましてはいけません。手紙を出すことも、人に会うことも、本を読むことも、物を持つことも、買い物をすることも、だれもじゃましてはいけない、と規則に書いてあります。

ただし、やめたいという申し出は、本人が自分で警察署に行かないと受け付けてもらえません。外に出るには許可がいるのに、どうやって警察署まで行くんでしょう。規則では、警察署に行くための外出は、許可がなくてもいいことになっていました。規則の上では、道は開いていたんです。でも、本当に一人で警察署まで歩いて行けたのかどうかは、この規則には書いてありません。

2年後の1902年に出た『夜の女界』という本には、「遊女の最後」という章があります。章の見出しには、娼妓の死亡、ひどい病室、死んだ娼妓の埋葬、そして吉原無縁塚という言葉が並んでいます。吉原は、東京でいちばん大きな、遊女のお店が集まった町です。無縁塚は、引き取る人のいない死んだ人を埋めたお墓のことです。

ミニ講義条約改正

この規則の前の年、1899年に福沢諭吉は、条約改正と内地雑居があと数か月に迫っている、と書いています。内地雑居というのは、外国人が日本の中で自由に住めるようになることです。教科書では、欧米と対等になるための条約改正の交渉が出てきます。

出典 28件引用は原文と機械で照合済み
  • 娼妓取締規則(明治33年内務省令第44号、官報1900年10月2日)公布日 原文
    公布日:明治33年10月2日
  • 同 第1条 原文
    十八歳未満ノ者ハ娼妓タルコトヲ得ス
  • 同 第3条 原文
    娼妓名簿ノ登録ハ娼妓タラントスル者自ラ警察官署ニ出頭シ左ノ事項ヲ具シタル書面ヲ以テ申請スヘシ
  • 同 第3条第1号・第5号・第6号 原文
    娼妓ト為ルノ事由
  • 同 原文
    娼妓稼ヲ為スヘキ場所
  • 同 原文
    娼妓名簿登録後ニ於ケル住居
  • 同 第3条第3号 原文
    同一戸籍内ニ在ル最近尊属、尊属親ナキトキハ戸主ノ承諾ヲ得タルコト
  • 同 第3条第4号 原文
    未成年者ニ在テハ前號ノ他實父、實父ナキトキハ實母、實父母ナキトキハ實祖父、實祖父ナキトキハ實祖母ノ承諾ヲ得タルコト
  • 同 第3条 原文
    娼妓名簿登録申請者ハ登録前廳府縣令ノ規定ニ従ヒ健康診断ヲ受クヘキモノトス
  • 同 第2条 原文
    娼妓名簿ニ登録セラレタル者ハ取締上警察官署ノ監督ヲ受クルモノトス
  • 同 第7条 原文
    娼妓ハ廳府縣令ヲ以テ指定シタル地域外ニ住居スルコトヲ得ス
  • 同 第8条 原文
    娼妓稼ハ官廳ノ許可シタル貸座敷内ニ非サレハ之ヲ為スコトヲ得ス
  • 同 第7条第2項 原文
    娼妓ハ法令ノ規定若ハ官庁ノ命令ニ依リ又ハ警察官署ニ出頭スルカ為外出スル場合ノ外警察官署ノ許可ヲ受クルニ非サレハ外出スルコトヲ得ス
  • 同 第4条 原文
    娼妓名簿ノ削除ハ娼妓ヨリ之ヲ申請スルモノトス
  • 同 第5条 原文
    娼妓名簿削除ノ申請ハ書面又ハ口頭ヲ以テスヘシ
  • 同 第6条 原文
    娼妓名簿削除申請ニ関シテハ何人ト雖妨害ヲ為スコトヲ得ス
  • 同 第13条第6号 原文
    本人ノ意ニ反シテ強テ娼妓名簿ノ登録申請又ハ登録削除申請ヲ為サシメタル者
  • 同 第12条 原文
    何人ト雖娼妓ノ通信、面接、文書ノ閲讀、物件ノ所持、購買其ノ他ノ自由ヲ妨害スルコトヲ得ス
  • 同 第5条 原文
    前項ノ申請ハ自ラ警察官署ニ出頭シテ之ヲ為スニ非サレハ受理セサルモノトス
  • 貸座敷、引手茶屋、娼妓取締規則(明治33年 警視庁令第37号) 原文
    発布・施行:明治33年9月
  • 同 第21条 原文
    貸座敷営業者ハ娼妓ニ對シ虐待ヲ加ヘ若ハ贅費ヲ爲サシムヘカラス
  • 同 第22条 原文
    貸座敷営業者ハ娼妓ニシテ疾病アルトキハ速ヤカニ醫師ノ診断ヲ受ケシムヘシ
  • 同 第23条 原文
    貸座敷営業者ハ貸座敷、引手茶屋娼妓取締規則ヲ娼妓ノ見易キ場所ニ掲示シ置クヘシ
  • 桐友散士『夜の女界: 暗面奇観』(1902)目次、OCR の p.4 原文
    遊女の最後○娼妓の死亡○慘憺たる病室○死亡娼妓の埋葬○日本堤の光景○其輪淨閑寺○吉原無綠塚
  • 同上 奥付、OCR の p.103 原文
    明治三十五年九月五日發行
  • 福澤諭吉「女大学評論」(1899) 原文
    条約改正、内地雑居も僅に数箇月の内に在り
  • 同上(年) 原文
    year=1899
  • 同 第1条 原文
    内務省令第四十四號

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